佐藤有一はサンベルクスで実業団へ!中学・高校時代から箱根9区区間賞までの成績を紹介

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青山学院大学の箱根駅伝3連覇に貢献し、2026年春から実業団のサンベルクスで競技を続けている佐藤有一選手。

大学4年生で三大駅伝に初出場すると、最後の箱根駅伝では9区区間賞を獲得しました。

青学大の選手層が厚いなか、なかなか大学駅伝の出番をつかめなかった佐藤有一選手ですが、最終学年で大きな結果を残した遅咲きのランナーです。

この記事では、佐藤有一選手のプロフィールや出身中学・高校、青山学院大学での歩み、箱根駅伝9区区間賞、サンベルクス加入後の目標について紹介します。

目次

佐藤有一はサンベルクス所属!プロフィールを紹介

佐藤有一選手のプロフィールは次のとおりです。

氏名佐藤 有一(さとう ゆういち)
生年月日2003年4月26日
出身地東京都
出身中学八王子市立椚田中学校
出身高校拓殖大学第一高等学校
出身大学青山学院大学 文学部 史学科
所属サンベルクス陸上部
勤務先ベルクス グロサリー部
5000m自己ベスト13分53秒61
10000m自己ベスト28分07秒75
ハーフマラソン自己ベスト1時間03分53秒

2026年4月、佐藤有一選手は青山学院大学を卒業し、スーパーマーケットを展開するサンベルクスの陸上部に加入しました。

サンベルクスの公式プロフィールによると、競技と並行してグロサリー部に勤務しています。5000m、10000m、ハーフマラソンのいずれにも対応できる長距離ランナーです。

佐藤有一の中学・高校はどこ?

佐藤有一選手は東京都八王子市で育ち、中学生の頃から全国の舞台を経験しています。

出身中学は八王子市立椚田中学校

佐藤有一選手の出身中学は、東京都八王子市にある八王子市立椚田中学校です。

中学時代の主な成績はこちらです。

大会種目・区間成績
2017年 関東中学校駅伝2区9分42秒・区間30位
2018年 東京都中学生春季陸上1500m4分25秒99・6位
2018年 東京都ジュニア強化陸上3000m8分51秒86・1位
2019年 全国都道府県対抗男子駅伝2区8分59秒・区間22位
2019年 全関東八王子夢街道駅伝1区15分14秒・区間1位

中学3年生だった2019年には、東京都代表として全国都道府県対抗男子駅伝に出場しています。

このときは2区で区間22位。

満足できる結果ではありませんでしたが、中学生の時点ですでに東京都を代表するランナーの一人でした。

2026年1月には、青山学院大学4年生として同大会の東京都代表に選ばれ、中学時代以来7年ぶりに東京のユニホームを着ています。

また、中学3年生で出場した第69回全関東八王子夢街道駅伝では、市内中学男子の部の1区4.7kmを15分14秒で走り、区間賞を獲得しました。

この記録は、2026年8月現在も同区間の大会最高記録として残っています。

出身高校は拓殖大学第一高校

中学卒業後は、東京都武蔵村山市にある拓殖大学第一高等学校へ進学しました。

高校時代の主な成績は次のとおりです。

大会種目・区間成績
2019年 関東高校駅伝4区24分46秒・区間9位
2020年 東海大学長距離競技会5000m14分21秒84
2021年 東京都高校総体5000m優勝
2021年 関東高校総体5000m14分04秒13・2位
2021年 全国高校総体5000m14分10秒85・12位
2021年 東京都高校駅伝1区29分44秒・区間1位

高校3年生では東京都高校総体の5000mを制し、関東高校総体でも2位に入りました。

全国高校総体の5000m決勝にも進出しており、拓殖大学第一高校時代に全国レベルの選手へ成長しています。

佐藤有一に弟はいる?噂が検索される理由を調査

佐藤有一(青学)さんに弟がいる情報は、確認する事が出来ませんでした。

なぜ、「佐藤有一」「弟」というワードの検索がされるのでしょうか?

理由は以下の3つが考えられると思われます。

  • 他の「佐藤」選手との混同
  • 家族構成への関心
  • AIによる誤認識での情報

他の「佐藤」選手との混同については、青山学院大学にいた「佐藤一世」選手との混同されてしまった可能性があるのかと考えています。

また、家族構成への関心については、佐藤有一さんの活躍と共に露出が多くなりプライベートや家族構成を知りたいと思う人が多くなった可能性があります。

もう一つの理由にあるAIの誤認識についてですが、佐藤有一さんの記事に青山学院「黒田兄弟」の記事が紐付けされているため、一部の検索エンジンに付属されているAIが佐藤有一さんに「弟がいる」と回答しています。

しかし、少し深掘りすると佐藤有一さんの「弟」について、情報がないことがわかります。

以上のようなことが、重なり合って佐藤有一さんに弟がいると噂されていると考えられます。

気になる選手の情報は知りたくなるものですよね。

ですので、検索され噂されるのも注目されている証拠ではないでしょうか。

佐藤有一の青山学院大学時代|箱根9区区間賞までの歩み

拓殖大学第一高校を卒業した佐藤有一選手は、2022年4月に大学駅伝の強豪・青山学院大学へ進学しました。

高校時代から全国大会で活躍していた選手ですが、青学大には各校のエース級ランナーが集まります。

佐藤有一選手もトラックでは記録を伸ばしていたものの、大学3年生までは出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝への出走機会をつかめませんでした。

それでも競技を続け、大学4年生の駅伝シーズンに大きく飛躍します。

3年生まで三大駅伝への出走なし

佐藤有一選手は大学1年生の頃から、5000mを中心に力を発揮していました。

一方で、故障などによって思うように走れない時期も経験。選手層の厚い青山学院大学で駅伝メンバーに入るのは簡単ではなく、大学3年生まで三大大学駅伝への出走はありませんでした。

箱根駅伝を走ることなく大学生活を終える可能性もありましたが、佐藤有一選手は諦めずに練習を積み重ねます。

大学4年生になると10000mで28分07秒75を記録するなど、チーム内で存在感を高めていきました。

4年生で全日本大学駅伝デビュー

佐藤有一選手が初めて三大大学駅伝を走ったのは、大学4年生だった2025年11月の全日本大学駅伝です。

5区を任されると、36分34秒で区間4位。

大学入学から約3年半待ち続けてつかんだ駅伝の舞台で、安定した走りを見せました。

この大会で佐藤有一選手の左腕には、「星七の分まで」という言葉が書かれていました。

これは、2025年2月19日に悪性リンパ腫のため亡くなった同期・皆渡星七(みなわたり・せな)さんへの思いを表したものです。

皆渡星七さんは、レベルの高い青山学院大学で2024年全日本大学駅伝の登録メンバー16人入っていました。

しかし、その直後に体調不良を訴え闘病生活に入ったようです。

佐藤有一選手をはじめとする青学大の4年生は、皆渡星七さんの思いも背負いながら、最後の大学駅伝シーズンを戦いました。

このエピソードから、佐藤有一さんの優しい人柄が伝わってきますね。

最初で最後の箱根駅伝で9区区間賞

2026年1月の第102回箱根駅伝では、佐藤有一選手が復路の9区に起用されました。

大学4年生にして、最初で最後となる箱根駅伝です。

トップでタスキを受けると、23.1kmを1時間07分38秒で走り、見事に区間賞を獲得しました。

この記録は当時の9区歴代3位に相当する好タイムです。2位との差を広げ、青山学院大学の総合優勝と大会3連覇を大きく引き寄せました。

大学3年生まで三大駅伝への出走がなかった佐藤有一選手が、最後の箱根駅伝で区間賞を獲得したことは、大きな注目を集めました。

長い下積みを乗り越えてつかんだ9区区間賞は、佐藤有一選手の青山学院大学での4年間を象徴する走りだったといえるでしょう。

まとめ

佐藤有一選手は、八王子市立椚田中学校から拓殖大学第一高校を経て、青山学院大学へ進学しました。

中学・高校時代から全国大会を経験していましたが、青学大では大学3年生まで三大駅伝への出走がありませんでした。

それでも競技を続け、大学4年生で全日本大学駅伝デビュー。最初で最後となった2026年の箱根駅伝では、9区区間賞を獲得して青学大の3連覇に大きく貢献しました。

2026年4月からはサンベルクス陸上部に所属し、実業団ランナーとして新たなスタートを切っています。

長い下積みを乗り越えて箱根駅伝で結果を残した佐藤有一選手が、今後は実業団の舞台でどのような成長を見せるのか注目です。

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