バレーボール男子日本代表のメンバー表を見て、「デアルマス アライン」という名前に目が留まった方も多いのではないでしょうか。
アライン選手はキューバのハバナ出身で、2024年2月に日本国籍を取得しました。2026年度の男子日本代表には、初めて登録メンバーとして名を連ねています。
16歳で単身日本へ留学し、そこから日本代表にたどり着くまでには、決して短くない道のりがありました。その決断の背景には、ご家族との話し合いもあったそうです。
この記事では、デアルマス アライン選手の国籍と帰化を選んだ理由、支えてきたご家族のエピソード、そしてキューバ時代から現在までの経歴について紹介します。
・国籍は日本。2024年2月1日付で日本国籍を取得
・キューバ・ハバナ出身で、10歳のときにバレーボールを始めた
・帰化を考えたきっかけは、Vリーグの外国人枠の事情だった
・両親はいずれも帰化に反対せず、本人の決断を後押しした
・2026年度の男子日本代表に初選出。2026-27シーズンは東レアローズ静岡へ
デアルマス アラインのプロフィール
デアルマス アライン選手の基本プロフィールは、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | デアルマス アライン(Alain De Armas) |
| 生年月日 | 2001年3月4日 |
| 年齢 | 25歳(2026年7月時点) |
| 国籍 | 日本(2024年2月取得) |
| 出身地 | キューバ共和国・ハバナ |
| 身長 | 189cm |
| ポジション | アウトサイドヒッター |
| 出身高校 | 都城東高等学校(宮崎県) |
| 所属 | 東レアローズ静岡 |
キューバ出身ながら日本国籍を取得し、日本代表の登録メンバー入りを果たした選手として注目を集めています。
なお、名前の表記は媒体によって「デアルマス アライン」「デ・アルマス・アライン」「デ アルマス アライン」と少しずつ違いますが、いずれも同じ選手のことです。
デアルマス アラインの国籍は日本!
デアルマス アライン選手の国籍は日本です。
当時所属していたサントリーサンバーズの発表によると、日本国籍を取得したのは2024年2月1日付。同チームで所属選手が日本国籍を取得したのは、アライン選手が初めてだったそうです。
出身はキューバ共和国の首都・ハバナで、10歳のときにお父さんや学校の先生に勧められてバレーボールを始めています。日本に来たのは2017年、16歳のときでした。そこから7年ほどをかけて、日本国籍の取得にたどり着いたことになります。
デアルマス アラインはなぜ帰化した?
キューバ出身のアライン選手が、なぜ日本国籍を取得したのでしょうか。本人がインタビューでその理由を語っています。
外国人枠がきっかけだった
アライン選手が日本国籍を目指すようになったのは、サントリーと契約を結ぶときだったといいます。
日本のリーグでプレーする場合、外国籍のままでは外国人選手として扱われます。しかし外国人枠は各チームに1つしかないため、日本人選手として登録できるようになれば、出場の機会が大きく広がる。それが、帰化を目指した最初のきっかけでした。
実際、サントリーに入団した1年目は、ドミトリー・ムセルスキー選手が外国人枠で登録されていたため、リーグ戦に出場することができませんでした。試合に出られない1年を過ごしながら帰化の手続きを進め、翌シーズン以降はチームの主力として定着していきます。
代表入りまでには時間が必要だった
日本国籍を取得したからといって、すぐに日本代表として国際大会に出られるわけではありません。
アライン選手は2024年に一度、男子日本代表の登録メンバーに選ばれましたが、その後、登録資格の関係でメンバーから外れた経緯があります。
国籍を変更した選手が国際大会に出場するには一定の期間が必要とされており、アライン選手が出場資格を得たのは2026年6月3日から。ネーションズリーグ開幕の直前という、ぎりぎりのタイミングでした。
なお、アライン選手は2024年にも男子日本代表登録メンバーに選出されましたが、当時は国際バレーボール連盟(FIVB)の国籍変更に関する規定により、国際大会へ出場することはできませんでした。
規定を満たした2026年6月以降に代表資格を得て、2026年度の男子日本代表として新たなスタートを切っています。
デアルマス アラインを支えた家族
帰化という大きな決断について、アライン選手はご家族ときちんと相談したといいます。
デアルマス アラインの父の後押し
お父さんは、帰化について「やったほうがいい」と背中を押してくれたそうです(サントリーサンバーズ公式インタビューより)。
プロ選手を続けられなくなったとしても、日本国籍があれば日本で仕事を続けやすく、ほかの国でも働ける。そうした将来のことまで考えたうえでの言葉だったようです。また、キューバ国籍のまま帰国すると原則として2年間の兵役があることも、判断の材料として挙げられていました。
デアルマス アラインの母の言葉
お母さんも反対することはなく、自分のやりたいことをしっかりやりなさい、という言葉で送り出してくれたといいます。
10歳でバレーボールを始めるきっかけをつくったのもお父さんでした。競技を始めたときも、人生の大きな決断をするときも、ご家族が温かく背中を押してきたことがうかがえるエピソードです。
デアルマス アラインの経歴
デアルマス アライン選手の経歴をご紹介します。
キューバ時代|身長の壁にぶつかる
アライン選手は2014年から2016年にかけて、キューバのジュニア全国選手権でチームの3連覇に貢献し、キューバU-16代表にも選ばれています。
ただ、代表メンバーのなかでは身長が一番低く、レギュラーをつかむのが難しい状況でした。189cmという、日本では十分に大きいと感じる身長でも、キューバでは小柄なほうに入ってしまうのですね。
そこで、身長が低くてもチャンスがある日本への留学を決断します。自分の可能性を広げるために国を出るという判断を、10代のうちにしていたことになります。
キューバ代表では身長の面で苦戦しましたが、日本では高さと身体能力を生かすアウトサイドヒッターとして成長を遂げています。
同じ189cmでも、プレーする環境によって求められる役割が変わることが分かります。
都城東高校|創部3年目でインターハイへ
2017年、アライン選手は宮崎県の都城東高等学校に進学しました。
同校では、元日本代表の泉水智さんと、元キューバ代表のマウリセ・トラルバさんから指導を受けます。そして2019年、創部3年目だったチームをインターハイ出場へと導きました。
サントリー|クラブ世界3位に貢献
2020年に高校を卒業し、サントリーサンバーズへ入団します。
前述のとおり1年目はリーグ戦に出場できませんでしたが、その後は主力として結果を残していきました。
- 2020-21 Vリーグ 優勝
- 2022-23 Vリーグ 準優勝
- アジアクラブ選手権 優勝
- 世界クラブ選手権2023 3位(日本男子として史上初のメダル)
サントリーが世界クラブ選手権で銅メダルを獲得した2023年の戦いにも、大きく貢献しています。
2026年、男子日本代表に初選出
2026年4月17日に発表された2026年度の男子日本代表登録メンバー37人に、アライン選手は初めて選ばれました。
サントリー時代のインタビューでは、日本代表に入ってネーションズリーグやオリンピックなどの国際大会でプレーし、自分のプレーを世界に見せたい、という目標を語っていました。その言葉が、少しずつ形になってきているところです。
東レアローズ静岡へ
2026年7月、東レアローズ静岡への加入が発表され、新天地での活躍にも期待が高まっています。
2020年から6シーズンを過ごしたサントリーを離れ、2026-27シーズンからは新しいチームでプレーすることになります。
デアルマス アラインのプレースタイル
アライン選手の武器は、高い身体能力を生かした力強いスパイクとサーブです。
特に、高い打点から放たれるアグレッシブなスパイクは大きな魅力で、攻撃力の高いアウトサイドヒッターとして活躍しています。
キューバで培った身体能力と、日本で磨いた技術を兼ね備えたプレースタイルは、日本代表でも大きな武器になりそうです。
まとめ
今回は、デアルマス アライン選手の国籍や帰化の理由、ご家族とのエピソード、経歴について紹介しました。
- 国籍は日本。2024年2月1日付で取得した
- キューバ・ハバナ出身で、10歳のときに父の勧めでバレーボールを始めた
- キューバ代表では身長の壁にぶつかり、日本への留学を決断
- 帰化のきっかけは外国人枠の事情で、両親も決断を後押しした
- 2017年に都城東高校へ進学し、2020年からサントリーでプレー
- 2026年度の男子日本代表に初選出。2026-27シーズンは東レアローズ静岡へ
16歳で単身キューバを離れ、日本語も一から覚えながら競技を続けてきたアライン選手。日本代表として国際大会のコートに立つ姿を見られる日も、そう遠くないのかもしれません。
これからの活躍を楽しみに見守っていきたいですね。
