辻原輝(國學院)の父も箱根ランナー!高校時代は無名?大学での活躍や成績を調査

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國學院大學の長距離ランナー・辻原輝(つじはら ひかる)選手が注目を集めています。

辻原輝選手は、1年生から3年連続で箱根駅伝に出場。

2026年の第102回箱根駅伝でも4区を走り、区間4位の好成績を残しました。

さらに、2025年の出雲駅伝では区間新記録を樹立し、國學院大學の大会2連覇に大きく貢献しています。

高校時代は大学からのスカウトがなかったという辻原輝選手ですが、國學院大學への入学後に大きく成長したランナーです。

また、父・辻原幸生さんも神奈川大学時代に箱根駅伝を走り、区間賞を獲得した実績があります。

この記事では、

  • 辻原輝選手の父も箱根ランナーなのか
  • 中学・高校時代の成績
  • スカウトなしで國學院大學へ進学した経緯
  • 大学入学後の三大駅伝や最新成績

について紹介します。

目次

辻原輝(國學院)の父も箱根ランナー!

辻原輝選手の父・辻原幸生(つじはら ゆきお)さんも、かつて箱根駅伝を走ったランナーです。

幸生さんは光明相模原高校から神奈川大学へ進学し、箱根駅伝に3年連続で出場しました。

箱根駅伝での成績は、次のとおりです。

大会区間区間順位タイム
第74回・1998年8区区間賞1時間07分12秒
第75回・1999年4区区間3位1時間03分38秒
第76回・2000年2区区間9位1時間10分35秒

特に大学2年時の第74回大会では、8区で区間賞を獲得。

神奈川大学はこの大会で総合優勝し、前年に続く箱根駅伝2連覇を達成しました。

父・幸生さんは、当時の「神大黄金期」を支えたランナーの一人だったのです。

父から陸上を強制されたわけではない

父親が箱根ランナーだったことから、辻原輝選手も幼い頃から厳しい陸上教育を受けていたのではないかと思う人もいるかもしれません。

しかし、幸生さんから「陸上をやれ」「箱根駅伝を目指せ」と言われたことはなかったそうです。

辻原輝選手が中学校で陸上部に入ったきっかけは、兄と仲の良い友人が陸上部に入部したことでした。

箱根駅伝も、当初から選手として走ることを目指していたわけではなく、家族で観戦する毎年恒例のイベントだったといいます。

中学で陸上を始め、少しずつ成績を伸ばすなかで、箱根駅伝が「見る大会」から「自分も走りたい大会」へ変わっていったのでしょう。

「幼少期から沿道に出て、箱根駅伝の選手たちを憧れの眼差しで見てきた。二宮中学校で陸上部に入部したのをきっかけに、“地元を走る4区を自分も走りたい”という目標を持った」

引用:タウンニュース

親子二代で箱根駅伝に出場しただけでなく、父は神奈川大学、息子は國學院大學の選手として活躍しているところにも、箱根駅伝ならではのドラマを感じますね。

辻原輝(國學院)は中学・高校も陸上部?

辻原輝選手は、中学校から本格的に陸上競技を始めました。

中学・高校時代にも全国大会や強豪校での駅伝を経験していますが、現在のような全国トップクラスの選手だったわけではありません。

ここからは、辻原輝選手の中学・高校時代を見ていきましょう。

中学時代は二宮中学校で陸上を開始

辻原輝選手の出身中学校は、神奈川県二宮町にある二宮町立二宮中学校です。

中学1年生のときに陸上部へ入部し、本格的に長距離走を始めました。

二宮中学校は陸上の強豪校ではなく、辻原輝選手自身も当時について、仲間と楽しく部活動に取り組んでいたと振り返っています。

中学の部活動は「全然強豪ではなくて、ただただみんなと楽しくやってました」と振り返る。

引用:4years

それでも学年が上がるにつれて着実に力を伸ばし、中学3年時には神奈川県中学校陸上競技選手権の3000mで3位に入賞。

1500mでは全日本中学校陸上競技選手権大会にも出場しました。

全国大会では予選通過に届きませんでしたが、この頃から「自分も箱根駅伝に出られるのではないか」と考えるようになったそうです。

辻原輝選手の地元・二宮町は、箱根駅伝4区と7区のコースにあたります。

中学時代の通学路付近を箱根ランナーが走っていたこともあり、箱根駅伝への思いが次第に強くなっていったのでしょう。

高校時代は藤沢翔陵高校へ進学

中学校卒業後は、神奈川県の陸上強豪校である藤沢翔陵高等学校へ進学しました。

藤沢翔陵高校では、全国高校駅伝への出場を目標に本格的な練習に取り組みます。

高校時代の5000m自己ベストは14分18秒44。

春の高校伊那駅伝では2区を走るなど、駅伝の主要区間も経験しました。

ただし、全国大会で上位に入るような目立った実績は残せず、目標としていた全国高校駅伝への出場もかないませんでした。

高校3年生の段階で大学からのスカウトはなく、現在の活躍から考えると意外な高校時代だったことが分かります。

元記事では「素質はあるけれど結果を出せなかった」と表現していましたが、正確には、県内では有力選手だったものの、全国トップクラスとして大学から争奪される存在ではなかったという位置づけが近そうです。

辻原輝の國學院大學入学はスカウトではなかった!

辻原輝選手は、高校時代に國學院大學からスカウトを受けて入学したわけではありません。

大学からの勧誘がないなかでも箱根駅伝への夢を諦めず、自ら國學院大學側に入部を希望したといいます。

國學院大學は当時すでに箱根駅伝の上位校であり、簡単に入部できるチームではありません。

それでも辻原輝選手は、自分が最も成長できる環境を求め、國學院大學への進学を選びました。

入学時点では同期のなかで6~7番手ほどの位置でしたが、周囲と比較するのではなく、自己ベストを更新することに集中して練習を継続。

高校時代に大きく注目されなかった分、大学で伸びる余地が残っていると前向きに考えていたそうです。

「高校時代の実績が目立たないから、大学でも活躍できない」とは限りません。

辻原輝選手は、環境と努力によって大学入学後に大きく成長した代表的な選手といえるでしょう。

辻原輝は大学入学後の活躍がすごい!

辻原輝選手は國學院大學への入学後、トラックと駅伝の両方で大きく記録を伸ばしました。

特に箱根駅伝では、1年生から3年連続でメンバー入り。

地元を通る4区と7区で、いずれも区間上位の走りを見せています。

1年生で箱根駅伝4区・区間4位

大学1年時の2024年、第100回箱根駅伝で早くも箱根駅伝デビューを果たします。

担当したのは、幼い頃から身近に感じていた地元の4区でした。

辻原輝選手は1時間01分59秒で走り、区間4位。

初出場の1年生ながら安定した走りを見せ、國學院大學の総合5位に貢献しました。

父・幸生さんも箱根駅伝で走った4区を、親子二代で担当したことになります。

2年生では7区・区間2位

大学2年時の第101回箱根駅伝では、復路の7区を担当しました。

前後に選手が見えない単独走のなかでも積極的に前を追い、1時間02分21秒で区間2位。

区間賞との差はわずか15秒でした。

レース後には、あと15秒縮められなかったことへの悔しさを口にしています。

1年時の4区・区間4位を上回る好成績でしたが、本人にとっては区間賞を逃した悔しさの残るレースだったようです。

なお、元記事には「3年生では7区・区間2位」とありましたが、正しくは大学2年生で出場した第101回大会です。

2025年の出雲駅伝で区間新記録

大学3年時の2025年には、さらに大きな飛躍を遂げました。

第37回出雲駅伝では4区を担当。

2位でタスキを受けると、17分20秒の区間新記録を樹立してトップへ浮上しました。

従来の区間記録を4秒更新する快走で、その後も國學院大學は首位を守って優勝。

辻原輝選手は、國學院大學の出雲駅伝2連覇を決定づける走りを見せました。

一方、続く全日本大学駅伝では2区を走り、区間9位。

駅伝では常に思いどおりの結果が出るわけではありませんが、この経験も箱根駅伝に向けた課題になったと考えられます。

2026年の箱根駅伝は4区・区間4位

2026年1月2日の第102回箱根駅伝では、2年ぶりに地元の4区を担当しました。

記録は1時間00分59秒で、区間4位。

1年時に同じ4区で記録した1時間01分59秒を、ちょうど1分更新しました。

さらに、チーム順位を5位から3位へ押し上げる走りを見せています。

辻原輝選手の箱根駅伝3大会の成績は次のとおりです。

学年大会区間タイム区間順位
1年第100回・2024年4区1時間01分59秒4位
2年第101回・2025年7区1時間02分21秒2位
3年第102回・2026年4区1時間00分59秒4位

3年間すべて区間4位以内という、非常に安定した成績です。

2026年大会では区間新記録を狙って積極的に走ったものの、終盤にペースを維持できず、区間賞には届きませんでした。

それでも、辻原輝選手は4区の國學院大學記録を更新。

國學院大學も過去最高順位となる総合2位に入りました。

優勝には届きませんでしたが、1年時の総合5位、2年時の総合3位、3年時の総合2位と、辻原輝選手の学年は少しずつ頂点に近づいています。

辻原輝の2026年最新成績

辻原輝選手は、2026年度現在、國學院大學文学部史学科の4年生です。

大学ラストイヤーとなった2026年も、箱根駅伝後から好記録を残しています。

ベルリンハーフで日本人学生歴代8位

2026年3月29日にドイツで開催されたベルリンハーフマラソンでは、1時間00分33秒の自己ベストを記録しました。

日本人選手トップの11位でフィニッシュし、日本人学生歴代8位に相当する好記録です。

それまでの自己ベスト1時間00分51秒を18秒更新しました。

高校時代には大学からのスカウトがなかった辻原輝選手が、日本人学生歴代上位のハーフマラソン記録を残すまでに成長したことになります。

関東インカレ10000mで自己ベスト

2026年5月の関東インカレ男子2部10000mでは、28分24秒68の自己ベストを記録し、10位に入りました。

従来の自己ベスト28分27秒93を約3秒更新しています。

駅伝だけでなく、ハーフマラソンと10000mでも自己記録を更新しており、大学最後のシーズンに向けて順調に力を伸ばしていることが分かります。

2026年度は國學院大學の副将に就任

辻原輝選手は、2026年度の國學院大學陸上競技部で副将に就任しました。

主将の野中恒亨選手、副将の田中愛睦選手、吉田蔵之介選手らとともに、第103回箱根駅伝での総合優勝を目指してチームを支えます。

辻原輝選手自身が掲げている目標は、箱根駅伝での区間賞と総合優勝です。

過去3回の箱根駅伝では区間4位、2位、4位と上位を維持しているだけに、最後の箱根駅伝で念願の区間賞を獲得できるのか注目されます。

辻原輝(國學院)のプロフィール

辻原輝選手のプロフィールをまとめました。

項目内容
氏名辻原輝(つじはら ひかる)
生年月日2004年9月20日
年齢21歳(2026年7月現在)
出身地神奈川県中郡二宮町
出身中学校二宮町立二宮中学校
出身高校藤沢翔陵高等学校
大学國學院大學文学部史学科
学年4年生(2026年度)
役職陸上競技部副将
身長179cm
体重58kg
種目長距離走・駅伝
父親辻原幸生さん
趣味映画鑑賞

主な自己ベストは次のとおりです。

種目自己ベスト
5000m13分35秒30
10000m28分24秒68
ハーフマラソン1時間00分33秒

元記事に掲載していた5000mの13分43秒35は、2025年6月に記録した13分35秒30へ更新されています。

まとめ

今回は、辻原輝選手の父親や中学・高校時代、國學院大學入学後の活躍について紹介しました。

調査した結果は、次のとおりです。

  • 父・辻原幸生さんも神奈川大学時代に箱根駅伝へ3回出場した
  • 幸生さんは1998年の第74回箱根駅伝で8区区間賞を獲得した
  • 辻原輝選手は二宮中学校で本格的に陸上を始めた
  • 藤沢翔陵高校時代は大学からのスカウトがなかった
  • 國學院大學へ自ら入部を希望し、大学入学後に大きく成長した
  • 2025年の出雲駅伝では4区区間新記録で連覇に貢献した
  • 2026年の箱根駅伝では4区区間4位で、國學院大學記録を更新した
  • 2026年のベルリンハーフでは日本人学生歴代8位となる1時間00分33秒を記録した
  • 2026年度は國學院大學の4年生で、副将を務めている

高校時代に大学からのスカウトがなかった辻原輝選手ですが、國學院大學入学後は箱根駅伝に3年連続で出場し、すべて区間4位以内に入っています。

まさに、大学で才能を開花させた努力型のランナーといえるでしょう。

2027年1月に行われる第103回箱根駅伝は、辻原輝選手にとって学生最後の箱根駅伝です。

父が獲得した箱根駅伝の区間賞、そして國學院大學初の総合優勝を実現できるのか、ラストイヤーの走りに注目したいですね。

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