2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックに、スケルトン競技で出場が決まった高橋弘篤さんを知っていますか?
日本では知名度が低いスケルトンがどのような競技か、高橋弘篤さんはどんな人か興味がある人も多いと思います。
この記事では、
- 高橋弘篤はどんな人
- 高橋弘篤の競技歴
- 高橋弘篤の主な国際大会成績と評価
- スケルトンはどんな競技?
についてお伝えいたします。
高橋弘篤はどんな選手?日本スケルトン界を牽引する存在
高橋弘篤さんはどんな選手なのでしょうか?
まず、プロフィールから見てみたいと思います。
高橋弘篤のプロフィール
高橋弘篤さんのプロフィールはこちらです。
| 氏名 | 高橋 弘篤(たかはし ひろあつ) |
| 生年月日 | 1984年4月13日 |
| 出身地 | 宮城県黒川郡富谷町(現・富谷市) |
| 身長/体重 | 175cm / 84~86kg |
| 学歴 | 仙台大学体育学部卒業 |
| 所属 | エフアシスト |
高橋弘篤の家族構成
高橋弘篤さんのプライベートな家族構成については、公表されていません。
競技関連の公式プロフィールやインタビューでも、両親や兄弟姉妹、妻子の詳細は明かされておらず、ファンの関心を集めています。
高橋弘篤さんは平昌五輪の際に、家族への感謝の気持ちをコメントしていました。
33歳の高橋は2回目の五輪を終え「ここまで支えてくれた越(和宏)さんと、ここにも来てくださっているトレーナーの方、家族に感謝したい」と涙。
引用:Sportsnavi
このことから、家族との関係性がよいこと、家族の応援が力になっていることがわかりますね。
現役最年長クラスの挑戦者
高橋弘篤さんは、40代という年齢でありながら、2026年ミラノ・コルティナオリンピックに出場する現役選手です。
スケルトン競技において40代の選手は少なく、高橋弘篤さんの年齢で国際舞台への挑戦は珍しいのです。
高橋弘篤さんのスケルトン競技に対する、継続力と情熱は注目すべき点です。
また、高橋弘篤さんは日本でマイナーなスケルトンの認知度を上げるため、SNSやYouTubeでの発信を行なっています。
高橋弘篤さんを知ると、スケルトン競技に対する愛情が強いことを感じますね。
高橋弘篤の競技歴|日本代表として歩んできたキャリア
高橋弘篤さんはどのようなきっかけでスケルトンを始めて、どのようなキャリアを積んでいったのかを見ていきたいと思います。
スケルトンを始めたきっかけは?
高橋弘篤さんは大学時代に「足が速くて、ちょっとマッチョだったら格好いいなぁ」と思いボブスレー部に入部し、個人競技であるスケルトンに惹かれボブスレーからスケルトンへ転向したことがきっかけでスケルトンを始めます。
そして、大学卒業後の2007年6月に、越和宏選手が代表の日本初のスケルトンクラブチーム「システックスケルトンクラブ」に所属します。
チームに所属したその年の12月に高橋弘篤さんは、全日本スケルトン選手権で初の表彰台に上がりました。
国内トップ選手へ
高橋弘篤さんは、2009年に全日本プッシュスケルトン選手権を初優勝し、2010年には全日本スケルトン選手権も初優勝をはたします。
その時期から国内トップ選手と上り詰めます。
全日本スケルトン選手権を3連覇(2010-2012年)し、ワールドカップでも10位以内と好成績を獲得します。
そのような活躍で2014年ソチオリンピックに初出場が決まります。
成績は、12位という日本人としては好成績でした。
そして、4年後の2018年平昌オリンピックも出場権を獲得し、22位という成績を収めています。
3度目のオリンピックと引退表明
高橋弘篤さんは、2018年から所属先がトゥーホームサービス(有)に変わりました。
これは、活動拠点を地元である富谷へ移転し、競技と地域貢献の両立を考えたのです。
2019-2020年シーズンは、講演活動やスケルトン普及活動を通じて地元への恩返しをしながら、国際大会に出場していました。
2022年からは、所属はエフアシストに変わります。
そして、オリンピックイヤーの2025-2026年シーズンは、2019-2020年シーズン以来の国際大会に復帰しました。
その結果、繰り上げ当選でのミラノ・コルティナオリンピックの出場権を獲得します。
そして、高橋弘篤さんは、ミラノ・コルティナオリンピック出場の発表に合わせ、オリンピックを最後に引退することを表明しました。
高橋弘篤の主な国際大会成績と評価
高橋弘篤さんの国際大会成績と評価はどのようなのでしょうか?
主な国際大会成績
高橋弘篤さんの主な国際大会成績はこちらです。
- 2013年12月 ワールドカップ【アメリカ・パークシティ】:9位
- 2014年1月 ワールドカップ【ドイツ・ウィンターベルク】:8位
- 2014年 ソチオリンピック:12位
- 2018年 平昌オリンピック:22位
- 2025年11月 ノースアメリカンカップ第1戦:9位
- 2025年11月 ノースアメリカンカップ第2戦:14位
- 2025年11月 ノースアメリカンカップ第3戦:3位(メダル獲得)
- 2025年12月 アジアカップ第2戦:12位
- 2025年12月 アジアカップ第3戦:14位
高橋弘篤さんは日本人トップクラスの選手として、国際大会でも安定した成績を残していますね。
高橋弘篤の評価は?
高橋弘篤さんは41歳という年齢にも関わらず、全てのコースでプッシュタイム(スタート時にそりを押して加速する区間タイム)の自己ベストを更新し続けています。
海外のライバル選手からは「本当に41歳か。早すぎるぞ」と驚きの声が上がっています。
この、年齢を感じさせない成長は、高橋弘篤さんの継続的な成長マインドにあると思われます。
北京オリンピック出場を逃した際「自分自身のパフォーマンスは常に向上している」とコメントしており、成長は止まっていないことを確信しています。
このような成長マインドが、3度目のオリンピック出場につながっているのかもしれませんね。
スケルトンとはどんな競技?日本代表1枠の厳しさ
スケルトンとはどんな競技でしょうか?
スケルトンどんな競技?
スケルトン競技は、うつ伏せの状態で頭を進行方向にし、鉄製のソリで氷上のコースを滑走してタイムを争う競技です。
プッシュスタートが勝負を左右し、滑走時のスピードは時速120〜130kmにもなります。
そりにハンドルは無く、体の微妙な重心移動だけでコントロールします。
時速130kmのスピードで頭から突っ込む特性上、事故のリスクも高い競技です。
同じ氷上を滑る競技のリュージュは、仰向けで進行方向に足が向く体勢で滑るので、リュージュに比べスケルトンは視覚によるスピード感が変わるかもしれません。
同じく冬季五輪のそり競技“リュージュ”の日本代表、小林誠也さんの記事はこちら↓↓

オリンピック出場枠獲得の厳しさ
スケルトン競技において、オリンピック出場枠を獲得するためにはオリンピックシーズンの国際大会での成績がポイント化され決まります。
各国が獲得できる出場枠は最大3枠で、開催国は男女1枠が自動的に付与されます。
国際大会の成績で上位に入らなければ、出場枠を獲得できない国もあるということです。
日本はスケルトン競技において国内練習場所がないため、海外での練習が必須となっています。
また、日本では知名度が低いため遠征費用などの工面が大変な中、選手は競技を続けています。
以上のような厳しい環境で、オリンピック出場枠の25枠を争っているのです。
日本のスケルトン競技人口は、約60人と言われています。
高橋弘篤さんの活躍によって、スケルトンの知名度向上と競技人口が増加し、次世代のオリンピックスケルトン競技日本代表が生まれることを願いたいですね。
まとめ
この記事では、
- 高橋弘篤はどんな選手?
- 高橋弘篤の競技歴
- 高橋弘篤の主な国際大会成績と評価
- スケルトンはどんな競技?
についてお伝えいたしました。
高橋弘篤さんにとって引退試合となるミラノ・コルティナオリンピックで、どのような滑りを見せてくれるのでしょうか?
年齢を感じないプッシュスタートに注目しながら、3度目で最後の挑戦となるオリンピックの滑りをしっかりと見届けたいですね。
