青山学院大学の主力ランナーとして注目を集めている平松享祐選手。
ハーフマラソンで好記録を連発し、2026年の箱根駅伝ではついに本戦出走も果たしました。
そんな平松享祐さんですが、実は双子なのを知っていますか?
この記事では
- 平松享祐のプロフィール
- 平松享祐は双子の弟!兄は?
- 平松享祐の中学・高校時代について
- 平松享祐の箱根駅伝での活躍は?
についてお伝えしていきます。
平松享祐(青学)はどんな選手?プロフィールを紹介
青学大・平松享祐が1時間3分02秒で優勝! 大学対抗ペアは田中登馬、鎌田匠馬が好走の國學院大が制す/#焼津みなとマラソン
— 月陸Online/月刊陸上競技 (@Getsuriku) April 6, 2025
優勝した平松は17km付近で集団の前に出て揺さぶりをかけると、20km手前のスパートで勝負を決めた。#平松享祐 #田中登馬 #鎌田匠馬
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平松享祐(青学)さんのプロフィールはこちらです。
| 氏 名 | 平松 享祐(ひらまつ きょうすけ) |
| 生年月日 | 2004年4月2日 |
| 出身地 | 愛知県一宮市 |
| 所属 | 青山学院大学 法学部 法学科 |
平松享祐選手は、青学の“次世代主力候補”として期待されてきた選手です。
高校時代から全国レベルで活躍していましたが、大学では大きな試練にも直面しました。
それが、指定難病「特発性後天性全身性無汗症」の発症です。
この病気は汗をかきにくくなる疾患で、体温調整が困難になるため、長距離選手にとっては致命的とも言える難病です。
病気が判明したのは、原監督が検査を受けるよう勧めたことがきっかけです。
2024年5月の関東インカレで平松享祐さんは途中棄権をしました。
また、同年10月の奥球磨駅伝大会では、倒れて救急搬送という事件があり検査を勧められたようです。
原監督は、青学OBの黒田朝日選手の父親も同じ病気を患っていたことから原監督がその疑いを持って検査を進めたのです。
4泊5日の入院治療を経て、服薬治療で体調が安定していき2025年11月の世田谷246ハーフマラソンでは、その逆境をものともせず自己ベストを更新して4位入賞を果たしました。
逆境を乗り越えながら走り続ける姿に、多くの駅伝ファンが注目しています。
平松享祐(青学)は双子の弟!兄は専修大学で活躍中
平松享祐(青学)さんは、双子の弟です。
双子の兄は専修大学で活躍する龍青(りゅうせい)さんです。
第102回箱根駅伝予選会で兄・龍青さんは健闘しましたが、専修大学は残念ながら第102回箱根駅伝本戦の出場権を獲得することができませんでした。
個人としては、自己ベストの記録でハーフマラソン1時間03分55秒、10000m29分26秒17と活躍している選手です。
高校時代は、兄弟で同じ高校に通い愛知県では「平松ツインズ」の愛称で親しまれていました。
そして、2023年高校3年の高校生活最後の大舞台「全国都道府県対抗男子駅伝」で兄弟リレーを実現しました。
大学は別々になりましたが、互いに切磋琢磨しながら競技を続けているようですね。
今後もし専修大学が箱根駅伝本戦へ進出すれば、“双子で箱根路を走る”という夢の実現も期待されます。
平松享祐(青学)の中学・高校時代!陸上を始めたきっかけと成長
平松享祐さんは陸上をどのようなきっかけで、いつ始めたのでしょうか?
現在は全国トップレベルのランナーとなった平松享祐選手ですが、実は中学時代から陸上一筋だったわけではありません。
ここでは、陸上を始めたきっかけや学生時代の成績を振り返ります。
陸上を始めたきっかけは?
平松享祐さんが陸上を始めたきっかけは、中学3年生の時に体育の先生から特設部の駅伝部に誘われたことがきっかけで陸上人生をスタートしたようです。
実はそれまで、平松選手は兄とともにバスケットボール部に所属していました。
小学校3年生から中学校3年生までバスケットボールを続けており、当時から運動能力の高さは際立っていたようです。
駅伝部への参加を機に才能が開花し、一気に長距離選手として頭角を現しました。
平松享祐の中学・高校の成績と成長
平松享祐さんは一宮市立木曽川中学校出身です。
中学時代にはすでに県内トップレベルの実力を見せていました。
【中学時代の主な成績】
- 愛知県中学校駅伝予選(2018年11月):3区出走、区間2位※バスケ部所属
- 愛知県中学校総合体育大会 3000m(2019年7月):2位
- 愛知県中学校駅伝(2019年11月):1区出走、区間16位
バスケットボール部に所属していた時から、足が速かったようですね。
平松享祐さんの出身高校は、中部大学第一高等学校です。
全国レベルの舞台でも結果を残すようになります。
【高校時代の主な成績】
- 愛知県高校駅伝(2020年11月):7区出走、区間5位(15分33秒)
- 愛知県高校新人陸上 5000m(2021年):3位(14分52秒43)
- 愛知県高校駅伝(2021年11月):1区出走、区間6位(タイム不明)
- 全国高校総体 5000m【インターハイ】(2022年8月):9位(14分42秒15)
- 愛知県高校駅伝(2022年11月):1区出走、区間2位(タイム不明)
高校では安定的な成績を残すことができています。
駅伝成績を見ると、3年間で区間順位が上位の成績を収められる選手へと成長していることがわかりますね。
平松享祐は箱根駅伝で活躍!青学での立ち位置は?
#箱根駅伝 壮行会#平松享祐 希望区間:9区
— 青山スポーツ 陸上班 (@aosupo_rikujyo) December 16, 2025
「1、2年目は未出走のため、手元に金メダルだけが残っています。自分の手で金メダルをとりたい気持ちは誰よりも強く、自分が走って青学を勝たせたいと思っています。」#青学 #青学陸上 #青学駅伝 #青学長距離 #輝け大作戦 #王者の挑戦 pic.twitter.com/z6c21UNRg4
平松享祐選手は、これまで“あと一歩”のところで箱根駅伝出走を逃してきた選手でもありました。
しかし、2026年の第102回箱根駅伝ではついに本戦デビューを果たしています。
2026年箱根駅伝では4区を走行
平松享祐選手は、第102回箱根駅伝で4区にエントリーされ、そのまま本番でも出走しました。
これまで補欠やエントリーメンバー止まりが続いていただけに、悲願の箱根路となりましたね。
しかも、難病を抱えながらの出走ということもあり、多くのファンの胸を打ちました。
青学の中では“絶対的エース”というより、
- エース層を支える主力級
- 復路・中距離区間で計算できる選手
- ハーフ適性の高い安定型ランナー
という立ち位置になっています。
ハーフマラソンでは1時間2分台を記録しており、青学内でも高いレベルにあることは間違いありません。
もうひとつの思い!皆渡星七さんとの約束
平松享祐選手には、もう一つ強い思いがありました。
2025年2月に悪性リンパ腫で21歳の若さで亡くなった、皆渡星七(みなわたり せな)さんとの約束です。
皆渡星七さんは平松享祐さんの1学年上になります。
平松享祐さんが1年生のときに、補欠だった皆渡星七さんと「来年は一緒に箱根駅伝を走ろう」と約束しました。
しかし、平松享祐さんが2年生のときも出走はかなっていません。
平松享祐さんが3年生のときの箱根駅伝壮行会で、次のような決意を表明しています。
リベンジということで、必ず自分が走って皆渡さんに笑顔になっていただきたいし、やっぱり4年生を最後に輝かせたい
引用:中日スポーツ
2026年の箱根駅伝出走には、競技成績以上の大きな意味があったのかもしれませんね。
まとめ
この記事では、平松享祐選手について紹介しました。
- 平松享祐(青学)のプロフィール
- 平松享祐(青学)は双子の弟で、兄は専修大学で活躍!
- 中・高校の成績と、陸上始めたきっかけが駅伝部に誘われたこと
- 2026年箱根駅伝では4区で悲願の本戦出走を果たした
難病という大きな壁を乗り越えながら走り続ける平松享祐選手。
また、双子で箱根駅伝を走るという新たなドラマが見れるのでしょうか。
これからの学生駅伝、さらにはマラソン路線での活躍にも注目していきたいですね。
